収穫逓減という周転円(続)

suikyojin2005-04-15

収穫逓減という周転円のエントリに対する批判をいくつか見かけたので、2点ほど、反論とエントリに関する補足をしておこう。

まず、「収穫逓減」がわかっている人には説明不要と思って、はしょったのだが、収穫逓減という周転円のエントリで主張している「企業は収穫逓増(費用逓減)である」とは、「企業は収穫逓増(費用逓減)の状態で活動している」という意味である。均衡モデルが仮定している「収穫逓減(費用逓増)」も企業が収穫逓減(費用逓増)の状態で活動しているということであって、生産量に関係なく収穫逓減(費用逓増)が成り立っているというようなことはない。

生産量を横軸に生産量当たりの費用を縦軸にとってその関係を曲線にあらわすと、図の左側では右下がりの曲線になる。企業がこの辺りで活動しているというのが、私が主張している「収穫逓増(費用逓減)」の意味である。均衡モデルが仮定している「収穫逓減(費用逓増)」では、図の右側のBの右上がりの辺りで企業は活動しているとしている。私自身は、生産量をある程度以上増やそうとすると生産量当たりの費用は急激に増加し、Aのようにほぼ垂直に上がると思っているが、特に強くそう主張したいわけではない。

「企業は収穫逓増(費用逓減)の状態で活動している」と言っているわけだから、「H.A. Economics」のエントリのコメントにあった以下のような批判は的外れということになる。

もし収穫が逓減しないんだったら、沢山のモノを作るには無限に工場を建てれば良いし、沢山のモノを売るには無限に営業マンを雇えば良いし、在庫も無限に持ってて何の不都合も無いわけだ。もちろん僕のビール消費量も無限になるわけだ。


次に、同じく「H.A. Economics」のエントリのコメントに以下のように書かれているが、これは、ソフトウェアの開発がハードウェアの製造に相当するとの誤解から生じている。

ソフトウエア業界のことが書いてありますけど、ソフトウエアの世界って、プログラマーの人数を増やすと限界生産力が逓増するような世界なのですかね?

ハードウェアの製造に相当するのはソフトウェアではコピーである。CD-ROMやDVD-ROMをプレスすることがハードウェアの製造に相当する。費用の大部分が開発費用なので、CD-ROMやDVD-ROMを作れば作るほど枚数当たりの費用は低下する。

「ハードウェアの製造に相当するのはソフトウェアではコピーである」ことがわかっていない人間がソフトウエア業界でも大部分なので、これに関しては誤解も仕方ないと言えば仕方ない。