均衡モデルが想定している経済と現実の経済

均衡モデルが想定している経済と現実の経済とでは、ユークリッド幾何学と非ユークリッド幾何学とほどの違いがある。

均衡モデルが想定している経済では、証券取引所で行われるような競り取引を行う。多数の売り手と多数の買い手とが取引に関わり、一番安い価格を付けた売り手が売り、一番高い価格を付けた買い手が買う。取引が成立するまで取引相手は定まらない。だが、現実の経済では、大部分の取引は相対取引である。取引に関わる売り手と買い手とは1対1であり、取引相手を決めてから取引を行う。株式の売買においても、証券取引所で競り取引を行うのは証券会社であり、競り取引を行う証券会社への委託は相対取引である。

この取引方式の違いが、均衡モデルが現実の経済に対して適用できない原因になっている。相対取引においては、ある売り手の供給量がその売り手に対する需要量を上回り、売れ残りが生じることは普通のことであり、売り手は売れ残ることを通常考慮に入れて行動する。商品が全て売れるかのように売り手が行動するという均衡モデルの仮定は、相対取引においては売り手が利潤を無視して行動するという仮定に等しい。

競り取引においては、同じ取引条件の商品であれば買い手は商品を無差別選択することになる。したがって、ある商品の市場においてある買い手が1単位購入する時、ある売り手から購入する確率は、以下のようになる。

	売り手から購入する確率 = 売り手の供給量 ÷ 市場全体の供給量                                       (1)

ある売り手に対するある買い手の需要量の期待値*1は、以下の式であらわすことができる。

	売り手に対する買い手の需要量の期待値 = 買い手の需要量 × 売り手の供給量 ÷ 市場全体の供給量       (2)

ある売り手に対する市場全体の需要量の期待値は、上記の式の買い手ごとの和となるので、以下の式になる。

	売り手に対する市場全体の需要量の期待値 = 市場全体の需要量 × 売り手の供給量 ÷ 市場全体の供給量   (3)

定常状態では市場全体の需要量と市場全体の供給量とは等しいので、以下のように置き換えることができる。

	売り手に対する市場全体の需要量の期待値 = 売り手の供給量                                           (4)

これが、均衡モデルにおいて個々の売り手が財が売れ残ることを考えないという根拠となっている。供給量の増加が価格に影響を与えないほどのレベルであれば、供給量を増やせば増やすほど有利なはずである。だが、上記はあくまでも、全ての取引が競り取引であったとしたらの話である。現実の経済では、大部分の取引は相対取引である。

相対取引では、同じ取引条件の売り手であれば買い手は売り手を無差別選択することになる。したがって、ある商品の市場においてある買い手が1単位購入する時、ある売り手から購入する確率は、以下のようになる。

	売り手から購入する確率 = 1 ÷ 売り手の数                                                          (5)

ある売り手に対するある買い手の需要量の期待値は、以下の式であらわすことができる。

	売り手に対する買い手の需要量の期待値 = 買い手の需要量 ÷ 売り手の数                               (6)

ある売り手に対する市場全体の需要量の期待値は、以下のような式になる。

	売り手に対する市場全体の需要量の期待値 = 市場全体の需要量 ÷ 売り手の数                           (7)

これには、売り手の供給量も市場全体の供給量も出てこない。供給量と無関係に売り手に対する市場全体の需要量が定まるから、売り手の供給量がそれを上回ることは容易におきる。

供給曲線は成り立たない(3)」などでも述べているように企業における利潤と販売量の関係には以下のような式が成り立つ。

	利潤 = 価格×販売量 − 供給(生産)費用                                                            (8)

販売量は、需要量と供給量(生産量)とのどちらか小さい方で決まる。供給される以上に買うことはできないし、需要以上に売ることもできない。供給費用は、よほど特殊な条件がない限り供給量に応じて増える。したがって、供給量が不足すれば販売量の減少により利潤が減少し、供給量が過剰であれば供給費用の増加により利潤が減少することになる。企業は供給量の過不足が生じないよう常に努力することになる。

商品が全て売れるかのように売り手が行動するという均衡モデルの仮定は、現実の経済の取引の大部分を占める相対取引においては利潤を無視して行動することに等しい。

(21日補足)
式の(1)と(5)は、ある買い手が1単位購入する時、ある売り手から購入する確率。
式の(2)と(6)は、ある買い手の需要のうち、ある売り手に対する需要となる分の期待値。買い手の需要と上記確率との積。
式の(3)と(7)は、市場全体の需要のうち、ある売り手に対する需要となる分の期待値。上記期待値の市場全体の和。

(7月18日訂正)
式(6)と(7)を訂正。

*1:このエントリでいう期待値とは、数学的な意味であり、日常使う願望の意味合いは無い。