反現実的な経済学

完全競争市場は現実の経済を理想化したものではない

主流派経済学の主張することが現実と全く異なるということをいくつものエントリで批判してきた。現実と全く異なる原因は、主流派経済学が想定している完全競争市場が現実の経済を理想化・抽象化したものではなく、経済学者の空想や願望に過ぎないからである。現実の経済の理解に、現実の経済と全く矛盾する完全競争市場の理解は邪魔になるだけである。

完全競争市場の成立条件は相互に矛盾する

完全競争市場が成り立つには、以下のような条件がすべて成り立つことが必要である。

  • 経済主体(売り手と買い手)が無数に存在する(経済主体の多数性)
  • 財(商品やサービス)が同質である(財の同質性)
  • 情報が完全である(情報の完全性)
  • 企業の参入・退出が自由である(企業の参入・退出の自由性)

これらの条件は、一つ一つをとっても成り立つことは困難で、全ての条件が成り立つのは非現実的に思える。だが、最大の欠陥はこれらの条件が、現実の経済においては相互に矛盾することである。ある条件が成り立つことを追求すると他の条件が悪化してしまう。

経済主体の多数性と財の同質性とは両立しない。財が同質であるということは、単に取引するモノが同じというだけではない。取引条件も同じということである。今すぐか、1日後か、1ヶ月後か、商品を入手できる時期が違えば財が同質であるとは言えない。取引条件を厳密にして財の同質性を追求すればするほど、その取引条件で取引できる相手は少なくなっていく。財の同質性を追求すれば、経済主体の多数性は悪化する。

情報の完全性と経済主体の多数性とも両立しない。信頼できる正しい情報を提供しているかは、過去の取引の実績などを基に判断せざるを得ない。情報の完全性を追求すれば、経済主体の多数性は悪化する。また、過去の取引の実績などを基に判断するということは、情報の完全性を追求すれば、企業の参入・退出の自由性も悪化するということでもある。

完全競争市場を想定するということは、身長2mで体重1kgの人間がいると考えるようなものである。アリの体重とゾウの体積をもった動物がいると考えるようなものである。軽自動車の外形寸法と大型客船の積載能力をもつ乗り物が作れると考えるようなものである。電子の位置と速度を同時にいくらでも正確に測定できると考えるようなものである*1

ニュートン力学における完全剛体が相対性理論において否定されたように、ある観点だけから理想化・抽象化したモデルは、他の観点がはいると成立しなくなることが少なくない。完全競争市場も、個々の条件だけを取り出すと現実の経済を理想化・抽象化したモデルのように思えるが、全ての条件を考えると矛盾してしまい、単なる空想のモデルになってしまう。

*1:量子力学における不確定原理の否定