現実の経済では取引相手を選択する(2)

現実の経済では取引相手を選択する(1)」をもう少し詳細に説明してみよう。

各売り手の供給量の多寡はその売り手にとっての需要量と直結しない

取引相手を選択しない均衡モデルと取引相手を選択する現実の経済(2)」で述べたように、均衡モデルでは「売り手にとっての需要量の期待値=市場全体の需要量×売り手の供給量÷市場全体の供給量」となる。この場合、売り手の供給量が大きいほど売り手にとっての需要量(の期待値)も大きくなる。
買い手が売り手を選択してから買う場合は「売り手にとっての需要量の期待値=Σ個々の買い手の売り手に対する需要量の期待値」となる。この場合、あるレベル以上の供給量であれば、供給量の大小と需要量の大小は無関係となる。供給量が大きくても生産費用が大きくなり、利潤が小さくなるだけである。

一つのつぼから玉を無差別に1個取り出す時、ある色の玉を取り出す確率はその色の玉がつぼの中の玉に占める比率で決まる。だが、つぼ毎に異なる色の玉の入った複数のつぼから玉を1個取り出す時、ある色の玉を取り出す確率はその色の玉が入ったつぼを選ぶ確率で決まる。現実の経済の大部分は、後者のモデルを適用すべきなのに、前者のモデルを適用しているところに均衡モデルの間違いがある。

各売り手の供給能力がその売り手にとっての需要量を上回っている場合、その売り手はその売り手にとっての需要量と等しくなるように供給量を抑制する

市場価格が売り手の限界費用を上回っている場合、均衡モデルでは売り手は市場価格と限界費用とが等しくなるまで供給量を増やす。だが、これは、買い手が商品を無差別選択し、「売り手にとっての需要量の期待値=市場全体の需要量×売り手の供給量÷市場全体の供給量」となるからこそ成り立つ。現実の経済ではこれは成り立たない。
現実の経済では、通常、限界費用では供給量は決まらない。市場価格が売り手の限界費用を上回っていても、売り手はその市場価格におけるその売り手にとっての需要量以上供給しようとはしない。なぜならば、その売り手にとっての需要量以上供給しても、在庫が増えて生産性が低下するだけだからである。
生産性が低下し、売り手の限界費用が増大して価格と等しくなることにより、供給曲線が左にシフトするように思える。だが、合理的な売り手は、そのようなことはしない。生産性が低下してその供給量での限界費用と価格とが一致しても、単に供給量を減らした場合より総費用は大きくなってしまう。利潤が小さくなってしまう。供給曲線が左にシフトするためには、利潤最大化の原則を否定しなければならない。
限界費用で供給量が決まるのは、売り手にとっての需要量が売り手の供給量以上の場合のみである。

各売り手は、供給能力がその売り手にとっての需要量を上回るように努める

現実の経済では、売り手は「売り手にとっての需要量が売り手の供給量以上」にならないように努める。
売り手にとっての需要量が売り手の供給量より大きいということは、売り切れが起こっているということである。現実の経済では取引相手を選択するが、取引相手の選択条件の大きなものの一つに安定供給がある。他の条件が同じなら、売れ切れで買えない確率の高い店でなく、買える確率の高い店に行くはずである。売り手にとっての需要量が売り手の供給量より大きいということは、単なる機会損失以上の、顧客を失うという損失を生むリスクをもつ。したがって、売り手は売り手にとっての需要量が売り手の供給量より大きくならないように努める。
売り手にとっての需要量が売り手の供給量と等しいのが理想だが、売り手にとっての需要量を正確に予測するのは、まず不可能なので、売り手にとっての需要量より売り手の供給量が大きくなるように、売り手は供給能力にある程度以上の余裕を持たせるのが普通である。