ISバランス論の摩訶不思議(2)

ISバランス論の摩訶不思議(1)」で、「ある国のISバランスが経常収支を決定すると言うことは、ある国のISバランスがそれ以外の国の経常収支の合計を決定すると言っていることを意味します」と書いたことがわかりにくかったようなので、説明を追加します。
金融収支が先で経常収支(資本収支)が後というのは、ISバランス式単独では矛盾しませんが、全ての国の経常収支の合計はゼロであることを顧慮に入れると矛盾します。

気づかれていない、もう一方のISバランス式

ISバランス式は、ある特定の国だけに成り立つのではありません。各々の国に成り立ちます。さらには、複数の国をまとめて一つの国と見なしても成り立ちます。これと、全ての国の経常収支の合計はゼロであることを合わせると、ある国のISバランス式と同時に、その国以外の全ての国をまとめて一つの国と見なしたISバランス式が成り立っていることがわかります。金融収支が先で経常収支(資本収支)が後と言う人々は、このもう一方のISバランス式に気づいていないのだと思います。

              (S-I) = (G-T) + (EX-IM)                式(1)

ISバランス式は、貯蓄(S)と、投資(I)、政府(支出)(G)、税金(T)、輸出(EX)、輸入(IM)の関係を示す上記のような恒等式です。
ここで、(G-T)を移項すると、以下の恒等式が得られます。右辺が経常収支。

      (S-I) - (G-T) = (EX-IM)                        式(2)

話を簡単にするため、A、Bの2国だけからなるモデルを考えます。

A国についての式を以下のように表すとします。

  (Sa-Ia) - (Ga-Ta) = (EXa-IMa)                      式(3)

B国についての式を以下のように表すとします。

  (Sb-Ib) - (Gb-Tb) = (EXb-IMb)                      式(4)

A、Bの2国だけですので、以下の恒等式が成り立ちます。

          (EXa-IMa) = -(EXb-IMb)                     式(5)

式(3)と式(4)、式(5)から、以下の恒等式が得られます。

  (Sa-Ia) - (Ga-Ta) = -((Sb-Ib) - (Gb-Tb))           式(6)

式(2)において、左辺が先に決まり、従属して右辺が決まると仮定します。

式(6)の左辺と右辺どちらが先に決まるでしょうか?どちらが先としても矛盾します。式(6)の左辺が先に決まる場合、式(6)の左辺 → 式(3)の右辺 = 式(5)の右辺 → 式(4)の左辺、といった関係になります。式(4)においては、右辺が先に決まり、従属して左辺が決まることになります。式(2)において、左辺が先に決まり、従属して右辺が決まるという仮定に矛盾します。同様に、式(6)の右辺が先に決まる場合は、式(3)において、右辺が先に決まり、従属して左辺が決まることになります。同じく、式(2)において、左辺が先に決まり、従属して右辺が決まるという仮定に矛盾します。

式(2)において、左辺が先に決まり、従属して右辺が決まると仮定する限り、矛盾が生じます。式(2)において、右辺が先に決まり、従属して左辺が決まると仮定した場合は、このような矛盾は生じません。隠れている(EX-IM)が先に決まり、従属して、左辺と右辺が各々決まるというだけです。

2国だけからなるモデルで説明しましたが、国が増えても基本的には同じです。式(2)の左辺同士、右辺同士を全ての国について足し合わせ、一つの国の分を残して、他の国の分を右辺に移項すれば、式(6)に相当する恒等式が得られます。

金融収支が先で経常収支(資本収支)が後というのは、その国以外の全ての国をまとめて一つの国と見なしたISバランス式を考えた時に矛盾します。