ミクロ経済学の反現実的な仮定

ミクロ経済学は、多くの非現実的、反現実的な仮定からなっており、そのため、そうした仮定の下で導かれるミクロ経済学上の結論は、必ずしも現実の経済に適用できるものではありません。
「空気の無い真空中では石も木の葉も同じように同じように落下する」は正しいですが、「大気中でも石も木の葉も同じように同じように落下する」は誤りです。
ところが、ミクロ経済学では、「空気の無い真空中では石も木の葉も同じように同じように落下するから、大気中でも石も木の葉も同じように同じように落下する」といったレベルの発言が珍しくありません。

ミクロ経済学の教科書の最初の方に出てくる供給曲線ですら、非現実的、反現実的な仮定の下にあります。

供給曲線という仮定

経済学と言えば、需要曲線と供給曲線が交わる図を思い浮かべる人は多いと思う。教科書では価格規制などの政策効果の分析をしたりするのだが、実はこの図には大きな仮定がある。分析している財の支出に占める割合が小さい事を理由に、所得効果が無視されているのだ。

いや、「供給曲線」というのも仮定に過ぎませんけど……。

供給曲線を成立させるための反現実的な仮定

供給曲線を成立させるために以下のような反現実的な仮定がなされています。

  • 個々の企業は、水平な需要曲線に直面しており、市場価格でいくらでも売ることができる(として行動する)。
  • 限界費用は逓増し、個々の企業は、限界費用と市場価格が一致する生産量で生産する。
水平な需要曲線という反現実的な仮定

個々の企業にとって、その企業に対する需要以上に供給することは、売り上げが増えないのに費用だけが増大することとなり、利潤が減少することになります。したがって、需要の制限に直面している場合、企業における供給量は、一般に直面している需要の制限により決まります。直面している需要という企業外部の条件により供給量が決定されるため、供給曲線は一般に成立しません。供給曲線を成立させるため、個々の企業にとって、需要が無限大であるかのような仮定がおかれます。個々の企業にとっては、水平な需要曲線であるかのような仮定がおかれます。

例えば、『大学4年間の経済学が10時間でざっと学べる』(井堀利宏著)という本には以下のように書かれています。

個別の家計にとっては、自分が実感する供給曲線は市場価格で水平線になっています。逆に、個別の企業にとっても、自社が実感する需要曲線は市場価格で水平線になっています。

しかしながら、現実の経済においては、個別の企業にとっての需要曲線は市場価格で水平ではありません。これは、店頭に置かれている商品の存在が証明しています。店頭に置かれている商品は、店頭在庫とも呼ばれますが、これはある種の売れ残りです。期待した期間内では売れなかったという意味の売れ残りではありませんが、市場に供給したにもかかわらず売れていないという「売れ残り」には違いありません。これは、現実の経済においては、個々の企業が需要の制限に直面していることを示しています。

個々の企業が需要の制限に直面しているため、現実の経済においては、供給曲線は一般に成立しません。

限界費用逓増という反現実的な仮定

「個々の企業は、水平な需要曲線に直面しており、市場価格でいくらでも売ることができる(として行動する)」と仮定すると、個々の企業は供給量を無限大にしようとすることになってしまいます。そこで、限界費用逓増という仮定が必要になりました。限界費用が市場価格より高くなれば、供給量を増やすことは利潤を減らすことになるので、供給量はそれ以上増やされません。
しかしながら、限界費用逓増の反証はいくらでもあります。

一見、限界費用逓増が成立するかのように思える説明がなされることもあります。

農業で考える方が良い。畑と肥料と労働量と収穫物の関係を考えよう。肥料と労働量を増やすと単位収穫量は増えていくが、その効果は逓減していく。また、労働量を増やして労働者の時給を下げると、そのうち離職されてしまうであろう。大抵、投入要素のコストは逓増していく。こうして、限界費用逓増の法則が成立する。

畑の面積や労働者数が一定という仮定が無意味です。合理的に考えるなら、収穫物の生産量を増やすには、最も不足している生産要素を追加すべきです。肥料と労働量のみを増やすというのは、非合理的です。

供給曲線を成立させる限界費用逓増とは、限界費用逓増が起こりうるということではなく、限界費用逓増の下で企業が経営されているということです。限界費用逓増が起こりうることを示しても、限界費用逓増の根拠にはなりません。

限界費用逓増の反証の一つとして、損益分岐点分析があげられます。損益分岐点分析においては、費用を固定費と変動費に分けて分析します。その際、一般に変動費は売り上げに比例する、すなわち、限界費用一定として分析します。