リカードの比較生産費説の基本的な欠点

リカードの比較生産費説では、各々の国が比較優位産業に特化することで全体としては生産量が増えるので、それを貿易することにより、双方の国がメリットを得ることができると考えます。その比較生産費説について、「国内における分業を無視している」とか、欠点を指摘してきましたが、比較生産費説には、もっと基本的な欠点があることに気づきました。
比較生産費説の基本的な欠点とは、比較生産費説が供給不足を前提としているのに対して、現実の経済ではほとんどの商品(サービスを含む)は需要不足となっているということです。そのため、比較生産費説は現実の経済では適用できるケースがごく限られます。リカードのモデルと現実の経済とでは大きな違いがあります。

供給不足を前提としている比較生産費説

リカードの比較生産費説は、供給不足を前提としており、需要不足の下では成立しません。さらに、ロジックが成り立たないだけではなく、絶対優位による独占が起きたり、皆が損をするマイナスサムに陥ったりします。

比較生産費説と異なり、需要不足の下では生産量を増やすことは悪である

比較生産費説では、各々の国が比較優位産業に特化することで全体としては各々の商品の生産量が増えるので、それを貿易することにより、双方の国が消費量を増やすことができ、メリットを得ることができると考えます。しかし、需要不足の下では、消費量の上限は生産量に依存しません。生産量を増やすことはムダを増やすことであり、生産者にとっては利潤を減らすことです。生産量を増やしすぎることを、『トヨタ生産方式――脱規模の経営をめざして』ではつくりすぎのムダとして、『ザ・ゴール ― 企業の究極の目的とは何か』では「倉庫をいっぱいにすることが目的で物を作る」という表現で戒めています。『過ぎたるは及ばざるが如し』と言いますが、実は、生産量が大きすぎるのは、生産量が小さすぎるのよりさらに悪いのです。

比較生産費説と異なり、需要不足の下では、生産量は消費量に依存し、生産性は生産量に依存する

比較生産費説では、生産量は生産性に依存し、消費量は生産量に依存するというロジックになっています。しかし、需要不足の下では、生産量は消費量に依存し、生産性は生産量に依存するというロジックになります。
流通等でのロスが無いものとすると、消費量以上に生産することは、生産者にとって損失が増えるだけです。そのため、生産者は、生産量が消費量(の期待値)と一致するよう生産を抑制します。消費量が生産量に依存するのではなく、その逆で、生産量が消費量に依存することになります*1。その生産量を生産要素(労働人口)の投入量で割った値が生産性です。

比較生産費説と異なり、需要不足の下では、絶対優位による独占が起こり得る

比較生産費説では、比較優位に基づく分業を行うことになっています。しかし、需要不足の下では、生産性が十分に高い場合、生産性が高い方が残ることにより、絶対優位によって独占的に供給するというケースが起こり得ます。

比較生産費説と異なり、需要不足の下では、双方の国がデメリットを負うマイナスサムが起こり得る

比較生産費説では、各々の国が比較優位産業に特化することで全体としては生産量が増えるので、それを貿易することにより、双方の国がメリットを得ることができると考えます。しかし、需要不足の下では、生産量は増えません。しかしながら、生産性の異なる国の間の競争により生産性の高い方が残り、結果として全体としての生産性は高まると考えられます。生産量が増えないのに生産性が高まるということは、生産要素である労働の減少、すなわち失業の増加となります。失業の増加は、購買能力の低下、すなわち、需要の減少を引き起こします。需要の減少は、生産量の減少につながり、労働の減少、すなわち失業の増加となります。このようにして、負のスパイラルに陥るおそれがあります。この負のスパイラルは、一国単独でも起きるおそれはありますが、一国単独の方が、所得の再分配などで対処するのが容易であろうことは推測できます。

リカードのモデルは現実の経済と大きく異なる

リカードの比較生産費説のモデルは現実の経済、特に現在の世界経済の状況と大きく異なっています。リカードのモデルでは、完全雇用で高インフレになります。平均10%以上、国によっては20%を超える失業率で、デフレ寸前のEU諸国等に、完全雇用で高インフレのリカードのモデルがあてはまるとは、誰も考えないでしょう。もちろん、失業率は3%程度でも10年以上もデフレが続いている日本にリカードのモデルをあてはめるのも相当な無理があります。

リカードのモデルでは完全雇用

リカードのモデルでは完全雇用となります。リカードのモデルでは、失業者がいれば、生産者は雇用することにより、生産量を増やし利潤を増やすことができます。したがって、リカードのモデルでは、(非自発的)失業が存在しない完全雇用の状態になります。

リカードのモデルでは高インフレ

配給制などの統制経済でないかぎり、リカードのモデルでは高インフレとなります。リカードのモデルでは、供給が不足しているため、価格が上昇します。価格の上昇による需要の抑制で供給不足が解消されるまで、価格の上昇が続くことになります。

*1:厳密には消費量ではなく、消費量の期待値ですが、通常、消費量の期待値は、消費量の実績値から導かれます。