経済学者は買い物に行かない

14日のエントリで「経済学の信奉している均衡モデルは、現実と大きく乖離している」と述べた。 なぜ現実と大きく乖離しているのだろうか?それは、均衡モデルが証券取引所で行われるような競り取引を前提としているのに対し、現実の経済では大部分の取引は相対取引であるからである。
均衡モデルが想定している競り取引を行うでは、多数の売り手と多数の買い手とが取引に関わり、一番安い価格を付けた売り手が売り、一番高い価格を付けた買い手が買う。取引が成立するまで取引相手は定まらない。だが、現実の経済では、取引に関わる売り手と買い手とは1対1であり、取引相手を決めてから取引を行う。

現実の経済では大部分の取引は相対取引である。特に個人的な買い物は相対取引である。普通に店で買い物をするのも、Web site で買うのも、電話で出前を頼むのも相対取引である。株式の売買においても、証券取引所で競り取引を行うのは証券会社であり、競り取引を行う証券会社への委託は相対取引である。均衡モデルではこうした相対取引を無視している。均衡モデルを信奉している経済学者は、こうした相対取引をしないのに違いない*1

均衡モデルでは売り手が供給量を増やすと売り手にとっての需要量も増える

均衡モデルにおいて、ある売り手にとっての需要量の期待値*2は以下のようになる。

	売り手にとっての需要量の期待値 = 市場全体の需要量 × 売り手の供給量 ÷ 市場全体の供給量

この場合、売り手が供給量を増やすと売り手にとっての需要量も増える。販売量は、需要量と供給量の小さい方で決まるから、供給量を増やせば増やすほど販売量が増え、売り上げが増えることになる。生産費用の増加より売り上げの増加が上回っている限り、供給量を増やせば増やすほど利潤が増えることになる。

相対取引では売り手が供給量を増やしても売り手にとっての需要量は増えない

相対取引において、ある売り手にとっての需要量の期待値は以下のようになる*3

	売り手にとっての需要量の期待値 = 市場全体の需要量 ÷ 売り手の数

この場合、売り手が供給量を増やしても売り手にとっての需要量は増えない。一定以上供給量を増やしても販売量は増えず、売り上げも増えない。供給量を増やしても生産費用が増加し、利潤が減少するだけである。

商品を無差別選択する均衡モデルと商品を無差別選択できない相対取引

均衡モデルでは、同じ種類の商品やサービスを無差別選択すると仮定している。それに対して相対取引では、同じ種類の商品やサービスでも無差別選択できない。
相対取引では取引相手を決めてから取引を行う。すなわち、取引相手を選択してから取引を行う。したがって、異なる売り手が供給する同じ商品を無差別に扱うことはできない。2月13日のエントリで喩えたように、1つのつぼの中にたくさんの玉が入っていて、買い手がつぼから無差別に玉を取り出すのが均衡モデルである。それに対して、売り手ごとにつぼがあり、買い手はつぼを選び、選んだつぼから玉を取り出すのが相対取引である。ある売り手の玉が選ばれる確率は、前者ならば売り手が玉を増やすほど増える。だが後者では、買い手がつぼを選ぶ確率に依存し、売り手が玉を増やしても確率は増えない。

現実の経済では、買い手は商品やサービスを無差別選択してはいない。無差別選択していないのに無差別選択すると仮定してしまったことに経済学の間違いがある。

*1:もちろん、これは皮肉である。

*2:このエントリで言う期待値とは、数学的な確率に基づく予測値のこと。一般的な意味での期待ではない。

*3:各売り手の取引条件は同じとする。