ニュートン力学のサルマネをしてしまった経済学

現実の経済の理解の妨げとなる完全競争市場という概念

先日、「完全競争市場という概念は有害無益」と述べた。多少の誇張はあるが、完全競争市場という概念は、現実の経済の理解にはほとんど役に立たず、現実の経済の理解の妨げる害の方がはるかに大きい。それは、完全競争市場という概念がニュートン力学のサルマネだからである。ニュートン力学において摩擦が無いものとして理想化したモデルを考えるように、商品*1の代価以外の費用*2、取引費用を無視した完全競争市場というモデルを考える。と、多くの経済学者は主張する。だが、これは物理と経済の違いを無視している。結果としてニュートン力学のサルマネに陥っている。ニュートン力学においては、摩擦が無いものとして理想化したモデルをベースに、それに摩擦を付け加えて考えることにより現実の物理に近づくことができる。だが、取引費用を無視した完全競争市場をベースにそれに取引費用を付け加えて考えても現実の経済に近づくことはできない。現実の経済を理解しようとするのに対して、完全競争市場という概念を身に着けるのは回り道にしかならない。

摩擦は後回しで考えてもいいが、取引費用は後回しで考えるというわけにはいかない

摩擦は重力など他の力と同時に作用している。したがって、後回しで考えるといっても、あくまで頭の中でのことにすぎない。摩擦が他の力の後で作用すると考えるわけではない。数学的にもベクトルの足し算としてあらわされるから、交換法則、結合法則が成り立ち、順序を入れ替えることができる。
だが、取引費用は商品の代価の支払いと同時に発生しているわけではない。家に居て商品を店に行って買う場合を考えてみよう。

  1. 家から店に行く
  2. 店で商品を買う
  3. 店から家に戻る

と、このようになるが、この順序は変えることができない。経済判断の順序もこの順序に制約される。上記の例では、商品を買う以前に家から店に行く取引費用が発生する。取引費用の半分は、商品の代価の支払い以前に発生している。実際には商品や店についての検討が行われるから、商品の代価の支払い以前に発生する取引費用はさらに多くなる。現実の経済では、取引費用の半分以上が商品の代価の支払い以前に発生する。
商品の代価の支払い以前に発生する取引費用を商品の代価の支払いの後で考えるわけにはいかない。それは物理的因果関係を無視するということになる。順序を入れ替えることは一般にはできない。

取引費用のない完全競争市場をベースに現実の経済を考えるということは物理法則を無視するということ

同時に作用するため、摩擦と他の力とは順序を入れ替えて考えても問題ない。だが、取引費用と商品の代価の支払いとは順序性があるため、順序を入れ替えて考えることはできない。取引費用のない完全競争市場をベースに取引費用のある現実の経済を考えるということは、取引費用と商品の代価の支払いとの順序性を無視するということであり、物理法則を無視するということになる。

*1:サービスも含む

*2:金銭的な費用だけでなく時間も含む