経済学のモデル信仰

モデルと現実の区別ができていない経済学

経済学って、役に立つ?」とか、「経済学は科学か宗教か?」とか、経済学に疑問が投げかけられることは、珍しくありません。自然科学の分野ではまずありえませんが、経済学に対しては、こうした疑問が投げかけられたり、否定されたりすることは、珍しくありません。何故でしょうか?それは、経済学において、現実とモデルの区別が適切に行えていないからです。現実をそのまま扱うことはできないので、モデル化して扱います*1。モデル化の際、さまざまな変換を行うため、モデルには、適用できる限界があります。その限界を意識していないのが経済学で、適用できる限界を越えてしまうため、「役に立たない」などと言われるのです。モデルと現実の区別ができないピグマリオン症に多くの経済学者が罹っていると言ってもいいでしょう。

ピグマリオン症」とは私が大学の教養課程のときに読んだ物理学者のJ・L・シンジの『相対性理論の考え方』(講談社ブルーバックス)という本に書いてあった概念です。ギリシア神話には、ピグマリオンが造った象(原文ママ)の彫刻があまりにも精巧に出来ていたために、本当に生命を持つようになったというエピソードがあります。シンジは、この話しにちなんで、「現実を説明するモデルでしかないものを、現実に存在する実態であるかのように錯覚してしまう人」をピグマリオン症と呼んでいました。

グリーンランドオーストラリア大陸より広い」と言う経済学者

メルカトル図法の地図で見るとグリーンランドオーストラリア大陸より広く見えます。メルカトル図法では、高緯度地方ほど面積が広く表されるため、このような逆転が生じます。モデルには、常にこのようなリスクがあります。この種のリスクを考えず、「経済学の理論ではこのようになる」などと言っている経済学者は、「グリーンランドオーストラリア大陸より広い」と言っているのと同レベルです。

完全競争市場は完全妄想市場

経済学者の言うところの完全競争市場というモデルは現実の市場とは大きくかけ離れており、完全妄想市場とでも呼んだ方が妥当なくらいです。完全競争市場とは、以下のような市場です。完全競争市場とは、以下のようなことが偶々起きるような市場なのではなく、常に以下のような状態であるような市場です。

  • 同じ商品を100個買うのに、100軒の店から買う。
  • 店頭には商品が無い。

完全競争市場では、同じ商品であれば区別せず、売り手や買い手の数は無限大となっています。そのため、商品を複数買う場合に、同じ商品を同じ売り手から買う確率はゼロであると見なせます。「完全競争市場ではn個の商品をn人の売り手から買う」ということになります。
完全競争市場では、個々の売り手にとっての市場全体の需要は無限大と見なせるということになっています。個々の売り手にとって市場全体の需要が無限大と見なせることにより、費用だけを考えて市場価格で供給量を決定するという供給曲線が成り立っています。店頭で売られている商品は、店頭在庫とも呼ばれるが、これはある種の売れ残りであるので、完全競争市場では存在しません。店に商品を持ってくるコスト、店へ行くコストが数学的な意味でゼロである完全競争市場では、店頭に商品を置く必要がありません(ここで言うコストには時間も含みます)。完全競争市場では店頭在庫が存在する余地がありません。

*1:「現実」が存在するのかという哲学的問題が実はあるのですが……