ISバランス論の摩訶不思議(4)

やはり、経常収支が先で金融収支(資本収支)が後です。貯蓄(S)が、ISバランス式の中で(論理的に)最後に値が決まるものだからです。

貯蓄(S)が原資?

              (S-I) = (G-T) + (EX-IM)                式(1)

貯蓄(S)と、投資(I)、政府(支出)(G)、税金(T)、輸出(EX)、輸入(IM)の関係を示す上記のISバランス式の投資(I)を移項すると以下の式が得られます。

                  S = I + (G-T) + (EX-IM)            式(1)'

この式に関して、以下のような記述がありました。

貯蓄Sが、(1)企業の借金:I・(2)政府の借金:G−T・(3)外国の日本に対する借金:EX−IMの原資です。 (筆者注:原文は丸数字、文字化けのため()付に変更)

貯蓄(S)が、式(1)'の右辺の原資ならば、確かに「金融収支(資本収支)が先で経常収支が後」ということになります。S と I 、 (G-T)が決まって、(EX-IM)が決まります。

しかし、式(1)'の右辺が、左辺の貯蓄(S)の原資ならば、経常収支が先で金融収支(資本収支)が後というべきです。Iと (G-T) 、 (EX-IM) が決まって、Sが決まります。この式を見ただけでは、判断がつかないでしょう。

貯蓄(S)は結果

貯蓄(S)は結果であり、式(1)'の右辺が、左辺の原資です。例えば、投資(I)が増えた場合、貯蓄(S)も同じだけ増えます。貯蓄(S)が式(1)'の右辺の原資ならば、投資(I)が増えた場合、貯蓄(S)の値は変わらず、(G-T)と(EX-IM)の合計がその分減少するはずです。しかし、そうはなりません。

恒等式は単一の取引、一種類だけの取引でも成り立つ

恒等式は文字通り、恒に成り立つ等式です。ですから、単一の取引、一種類だけの取引でも成り立ちます。投資するだけの取引を考え、貯蓄(S)や投資(I)、政府(支出)(G)、税金(T)、輸出(EX)、輸入(IM)の値がどうなるかを考察すれば、投資することが、式(1)にどう影響するかわかります。同様に、消費等についても、それだけの場合の式(1)の値を考えればいいのです。一種類だけの取引にすれば、投資や消費といった行為が、式(1)にどう影響を与えるかが浮き彫りになります。

投資(I)が増減すると貯蓄(S)も同じだけ増減する

投資(I)が増えると、貯蓄(S)も同じだけ増えます。投資する時には、供給した相手がいます。その相手側の所得が増え、貯蓄(S)が増えるからです。したがって、式(1)の左辺は、投資(I)の増減に関係ないということになります。また、投資(I)の増減に伴い、式(1)'の右辺と左辺が同じだけ増減するということは、式(1)'の右辺が左辺の原資であることを示しています。

例えば、『高校生からわかるマクロ・ミクロ経済学』の81ページ目には以下のように書かれていますが、これは誤りです。投資(I)が増えても貯蓄(S)も同じだけ増えるため、式(1)の左辺は変化しません。「好景気になると貿易黒字は縮小する」傾向はありますが、投資(I)が増えて左辺が縮小するからではありません。

ISバランス式でいえば、景気がいいと、民間投資(I)が活発になり、左辺が縮小します。ということは同時に右辺も少なくなるので、財政赤字(G-T)も貿易黒字(EX-IM)も減少します。つまり「好景気になると貿易黒字は縮小する」のです。

なお、半世紀ほど前に、既に「貯蓄は投資の影」と言われていたそうです。

こういうことを書くと、「また古いことを」と思われるかもしれないが、高度成長期には、貯蓄は投資の影と言われたものである。むろん、教科書的には、貯蓄と投資は同時に決定されるわけだが、実際には、設備投資がなされて初めて、貯蓄が形成されるように観察されるのである。

各経済主体の消費の増減は、貯蓄(S)を変化させない

各経済主体の消費の増減は、貯蓄(S)を変化させません。誰かが消費を増やすと、その誰かの貯蓄は減少しますが、消費した財を供給した相手側の所得が増え、全体としての貯蓄(S)の増減は相殺されます。