ISバランス論における根本的な間違いは、GDI(国内総所得)における貯蓄を現金や預金といった金融資産(の増加)と誤解していることにあります。GDIにおける貯蓄は、設備等の実物資産(の増加)です*1。設備等の実物資産が増えるのは、投資という行為の結果です。貯蓄の実体が実物資産であることを理解すれば、ISバランス論が基本的なところで間違っているのは明らかです。
以下の点から、GDIにおける貯蓄の実体が、基本、実物資産の増加であることがわかります。
- 金融資産は、マクロ的には恒等的にゼロであると見なすことができる。
- 消費(C)の増減は、貯蓄(S)と直接的には無関係。
- 貯蓄(S)と投資(I)は、税(T)と政府支出(G)がバランスした、閉じた経済では等しい。
- 消費と投資の違いは、購入するものが消費財か実物資産という違い。
金融資産は、マクロ的に見ると恒等的にゼロ
負債を負の金融資産と見なすと、金融資産は、債務と債権は常に同額であるため、マクロ的に見ると閉じた経済では恒等的にゼロです。紙幣(日本銀行券)は日銀の債務であり、預金は銀行の債務なので、対応する債務を含めた、現金や預金のマクロ的な合計の資産価値は常にゼロであると見なすことができます*2。マクロ的に見ると恒等的にゼロである金融資産とGDIにおける貯蓄は、全くと言っていいほど別のものです。
また、消費や投資といった取引において、現金や預金は、支払い側の減少と同じだけ受取り側が増加するので、現金や預金の合計は、取引の前後で増減しません。この点からも、現金や預金とGDIにおける貯蓄は別のものです。
消費(C)の増減は、貯蓄(S)と直接的には無関係
基本的な誤解をしている人も多いようですが、消費(C)の増減は、ISバランス式と直接的には無関係です。消費(C)が増減しても、ISバランス式の各変数の値は直接的な影響は受けません。「消費(C)が減少すれば貯蓄(S)が増える」とかいうのは間違いです。ISバランス式の導き出し方をきちんと理解すれば、消費(C)の増減がISバランス式と直接的には無関係であることも理解できるはずです。
(S-I) = (G-T) + (EX-IM)
上記のISバランス式は、下記のGDI、GDE(国内総支出)の式から導き出されます。
Y = C + T + S Y = C + I + G + (EX-IM)
GDI、GDEの式から以下のような手順で、ISバランス式を導き出します。
- GDIの右辺(C+T+S)をGDEの左辺に代入。
- 両辺のCを相殺。
- 左辺のTを右辺に移項。
- 右辺のIを左辺に移項。
「両辺のCを相殺」しています。消費(C)の値は、相殺されるため、ISバランス式に直接的な影響を与えることはありえません。消費(C)が増減しても、消費(C)は、GDIとGDEの両方にあるため、Yが増減するだけで、他には、直接的な影響は与えません。
また、個々の取引から見ても、消費(C)の増減は、貯蓄(S)と直接的には無関係です。消費することにより、消費した側の貯蓄は消費の分だけ減少します。しかし、その消費した商品やサービスを提供した側では、所得が、すなわち、貯蓄が消費の分だけ増加します。したがって、合計の貯蓄(S)は、増減しません。
貯蓄(S)と投資(I)は等しい
消費が貯蓄に直接的な影響を与えないのに対して、投資(I)と貯蓄(S)は、税(T)と政府支出がバランスして、かつ、閉じた経済では等しくなります。したがって、貯蓄(S)は、消費と投資の違いより生じると言えます。