商品の区別は主観に帰する

同じ商品でも買い手は売り手を選択する』と書きましたが、もっとトンデモない問題があります。商品の区別は主観に帰するという問題です。商品の区別は、突き詰めると主観から逃れられないという問題です。同じ商品か否かという区別は主観から逃れられないということです。主観とは、ある種の価値判断です。つまり、部分均衡モデルや一般均衡モデルもある種の価値判断の結果です。分類も突き詰めると、完全には客観的なものではないということです。

この問題がさほど話題にならないのは、ほとんど知られていないということと、ここまで、突き詰めて考える人がほとんどいないからでしょう。

しかしながら、数学的厳密さを追求していくと、この問題がこれまでのミクロ経済学の多くを否定していることがわかります。分類は客観的なものではないので、一般均衡モデルにおける分類という軸が否定されます。一般均衡モデルが数学的に矛盾を抱えていることが証明されます。また、「ある商品」という分類が客観的なものではないので、それの需要や供給も客観的なものではありません。部分均衡モデルも客観的なものではないことになります。

区別が主観に帰するという根拠は、「みにくいアヒルの子の定理」という定理です。アンデルセンの童話『みにくいアヒルの子』に因んで名付けられた定理で、渡辺慧が1969年に発表したものです。純粋に客観的に見ると、「みにくいアヒルの子(白鳥の子)」と「普通のアヒルの子」の共通点の数は「普通のアヒルの子」同士の共通点の数と等しいという定理です。すなわち、純粋に客観的に見ると、「みにくいアヒルの子(白鳥の子)」は、「普通のアヒルの子」同士と同じだけ「普通のアヒルの子」に似ているという定理です。似ていることの判断は、共通点に重み付けをしているからであり、純粋に客観的なものではないということです。

みにくいアヒルの子の定理」は、機械学習の普及とともに知られるようになった定理です。盲目的な機械学習の無意味さを示す定理だからでしょう。分類が主観から逃れられないことはこの定理から導かれます。