非実在論とは

実在論とは」に対して批判があった。

「人間の認識と独立した存在の真偽は不明」である。しかし、不明であるならば、真か偽が分からないということであり、であるならば、実在論に立つべきか非実在論に立つべきか分からない、となるのが筋である。にも関わらずsuikyojinさんは非実在論に立つのだから、ここには論理の飛躍がある。

論理の飛躍はない。実在論非実在論とに二分できるのならば、たしかに論理の飛躍である。だが、非ユークリッド幾何学という呼び方がユークリッド幾何学以外の幾何学の総称であるように、非実在論という呼び方は、実在論以外の存在論の総称に過ぎない。
現実に存在するからテレビの画面に映っているのだと考えるのが実在論である。それに対立するのは、「テレビの画面に映っているのはよくできたコンピュータグラフィックである」という考え方である。実在論に対立するのは、「人間の認識のみ」という考え方である。「桶の中の脳」と呼ばれる思考実験がある。脳だけ取り出して神経に偽りの情報を送り込んだとしても、その情報に矛盾がなければ、それが偽りであることに気づかないというものである。「人間の認識のみで現実には存在しない」と考えても何の矛盾も発生しない。

テレビの画面に映っているものが現実に存在するのか、よくできたコンピュータグラフィックなのかは、どちらが正しいとも証明できない。だから、現実に存在するのか、よくできたコンピュータグラフィックなのか考えないという考え方がある。私の立場はこれになる。